#7 加藤忠【27期生】

私がSFCと出会い入団を決めたのは、小学6年生の冬ごろでした。
当時所属していた地元のチームの先輩がSFCに通っていたこともあり、同期の土屋勇気と草場正道と練習会に参加したことが始まりです。

SFCと私

中学校3年間と高校3年間の計6年間SFCにお世話になりました。
小学6年生の時点で170センチ近く身長があったため、同期の中では、比較的目立っており、一番初めのチーム分けで、Aチームに選出されました。チームでは、一つ上の学年の練習や試合に参加することができ、技術、精神力ともに成長を実感出来たことを今でも覚えています。

私のプレースタイルですが、テクニックよりもフィジカル重視のセンターバックでした。中学校3年間でほどほどのテクニックを身につけられたので、技巧派センターバックになれたと自負しております。

当時の練習は辛いことも多かったですが、杉木コーチを始めコーチの方々からの指導を受けることが楽しく、3年生の夏休みで皆勤賞を取るぐらいサッカーに没頭していました。

この時期は、ゴールキーパー以外のいろいろなポジションもやらせてもらっていたので、高校でも通用するテクニックを身につけられました。当時のコーチの皆様、本当にありがとうございました!

杉並FC_ジュニアユース 

ユース編

中学卒業後、元々高校のサッカー部に入ろうと考えておりましたが、チームメイトの吉村直途が「みんなでユース行こう!」と誘ってくれたため、ユース入団を決意しました。

まあ、彼はセレクションで三菱養和に受かってしまったので、杉並FCには入団していませんが、、、ユースでも一緒にプレーできたらよかったのにな。と今でも思ってます。

ユース入団してしばらくの間はBチームにおり、ジュニアユースとのレベルの差を実感しました。特に、プレースピードが速く、試合中のビルドアップに参加するのも難しかったです。ボランチをやらせてもらった時には、チームに迷惑をかけてしまっている気がして、少し試合に出るのが怖くなるほどでした。

実は、中学3年間では、身長があまり伸びず、171センチしかありませんでした。センターバックとしては小柄だったこともあり、サイドバックに転向することになりました。

サイドバッグに転向してからは、Aチームの試合にも出ることが増えてきたように思えます。1年目の遠征時に、初めてスタメンでAチームの試合に出させてもらうことができたことはとても嬉しかったですね。

しかしその後に怪我をしてしまい、練習に行かなくなってしまったことは、今でも悔やんでいます・・。

1.2ヶ月ぐらいは練習にも参加していなかったので、1年生、2年生とBチームでの出場することが多くなりました。あの時腐らずに練習に行っていれば、また違った成長ができたかもしれません。体が硬いと怪我がしやすいので、柔軟の大切さを今の子どもたちに伝えたいですね。

また、「怪我をした時に何をするか」がとても大事です。肉体改造するも良し。サッカーの勉強をすることも良し。色々とできることがあるので、今ある時間を無駄にしないで欲しいものですね。

3年生が引退し、やっとAチームとして試合に出られるようになりました。Bチームにいた1.2年生の頃は、いろいろなポジションをやらせていただきましたが、3年生ではサイドバックのレギュラーになることができました。

レギュラーになれたのは、自分の武器を認識し、強みとして活用できていたからだと思います。今でもユースの同期にはネタにされますが(主につっちーが)、キープ力に優れ、11では、Jユースとの試合でも抜かれることは少なかったですね。

最後の大会では、くじ運も良く、関東大会の決勝戦まで進出することができました。

決勝の相手は三菱養和。格上相手に90分間守り続け、0-0で迎えた後半ロスタイム。主審の誤審で(多分)、三菱養和のコーナーキックになってしまい、そのコーナーキックで点を取られ敗北したことは今にも夢に見ます。

たらればを言ったらきりがありませんが、悔しさは残ってしまうものですね。

その後、勝てば全国大会出場となるプレーオフが福島県のJヴィレッジでありましたが、相手を舐めてかかっていたのか、前半に2点を取られてしまい、そのまま逃げ切られてしまいました。

初めて、プレーオフに行けたことや全国が懸かった試合であったこと、様々なプレッシャーが、心のどこかにあったため、いつものプレーができなく、縮こまった試合をしてしまったことを覚えています。

プレッシャーをうまくコントロールすることも良い選手、良いチームであることの証なんだなと実感しました。

高校でサッカー熱が燃え尽きてしまい、大学ではサッカーをせず、このままサッカーとは無縁になるんだろうなと思っていました。

加藤忠_ユース

 

社会人編

社会人になって、先輩から声がかかりました。

「サッカーやってたんだって?うちにもサッカーチームがあるから、一回参加してみなよ。」と職場のチームに入ることになりました。

大学4年間では、ほとんどサッカーに触れてこなかったため、初めは慣れているサイドバックとして試合に出場することになりました。運動不足が酷く、15分で足がつってしまい、先輩方には迷惑をかけてしまったこと覚えています。

それから数年たった今、中学高校と自分を知っている人からしたら、驚くと思いますが、FWやトップ下としてサッカーをしています。自分のやりたいことを自分らしくプレーすることができ、プレッシャーが皆無な中でサッカーをすることができています。

社会人での背番号は、ジュニアユース入団の申請をする際に貰った背番号「35」です。年に2回、小さな大会に出るくらいのチームですが、サッカーを楽しめることに幸せを感じております。

 最後に

新型コロナウイルスの影響で、大変な時期だと思います。
青春が壊された子どもたちもいるかもしれません。
こんな時だからこそ、つながりを大事にしたいと考えるようになりました。

私にとって、SFCで過ごした6年間はとても充実しており、チームメイトは今でも宝物です。

このつながりを大切にし、今を乗り越えましょう。

辛いときに支え合える大事な仲間なので。

 

加藤忠_現在

 

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