#5 倉持杏子 【女子10期生】

SFCと私

 今年で25歳・サッカー歴17年になる私が一番始めに入ったクラブチームは杉並フットボールクラブ(SFC)でした。小学2年生~中学生までSFCに所属し、その後、高校・大学は部活動、社会人になると同時になでしこ2部リーグに進み(2年間)、今シーズンは女子Fリーグ(フットサル女子トップリーグ所属/2019年シーズン日本リーグ優勝チーム)に挑戦します。

サッカーのルールも何も知らない私にたくさんのことを教えてくれた杉並フットボールクラブ。今回は当時のこと、そして今の私について書きたいと思います。

 

「サッカーしない?」

 私がサッカーを始めたのは小学2年生の時でした。同じ小学校に通っていた友人活発でよく外で遊んでいた私に「サッカーしない?」と声をかけてくれました。

初めての練習、スポーツ、人、環境…緊張しながら参加しました。初日の練習で覚えているのは何回リフティングを続けられるかというメニューで、やっとの思いでリフティングを5回続けたことです。新しいことができた喜びと同時に「もっとできるようになりたい」と思い、それからは毎日家の前で練習していました。

5回しかできなかったリフティングは10回、100回、と続けることができるようになってきました。

小学5年生のころ、夏休みにリフティング1000回という宿題を出してもらったのですが、何度も挑戦してやっとできた時は嬉しくてすぐにコーチに連絡しました。(笑)

今もリフティングは好きでよく練習していますが、リフティングはやればやるほど上手くなるので楽しいですしボールコントロールの練習にもなります。

2人以上でやる時は会話のキャッチボールをしているような感覚になるので小学生のうちにリフティング練習を始めることをおすすめします

 

男の子に負けたくない 

少しずつ出来ることが増えるにつれて、周りに負けたくないという気持ちが芽生えました。

同じチームの女の子にも、一緒に練習している男の子にも負けたくはありませんでした好きな選手のプレーを見て、練習して、実践・・・「上手くいく」「勝つ」体験をすると、自信がつき、また練習に取り組もうと思えます。私がサッカー選手になりたいと思い始めたのはこの頃だったと思います。

SFCにいた7年間たくさんのコーチにお世話になりました。特に一緒に過ごした時間が長かったのは大塩コーチ私が初めて出会った大塩コーチは19歳でした。

おそらく一番生意気な時期だったので・・・大塩コーチにはたくさん迷惑をかけてしまいましたが練習に行くたびに何度も向き合ってくれました。久理コーチとの基礎・ヘディング練習、華コーチのリフティングの技練習も楽しかったです。

 

本気でぶつかり合った中学時代

中学生になると少しずつ男の子との体格や身体能力差を感じるようになりました。一緒に練習をする中で学ぶことも多く、やはり負けたくないという思いでやっていました。

練習は充実していましたが、公式戦は厳しかったです。私が中学1年生になった時に女子中の人数は8程しかいなかったので試合ができるギリギリの人数で臨んでいたこともありました。

しかも東京都1部リーグに上がったシーズンだったので相手も強い中7vs11・・・相当きつかったです。一番楽しいはずの試合が一番しんどい・・・おそらくチームメイトも当時チームを見てくれていた高山コーチも同じようにっていたと思います。なんとか勝ちたいと思って必死に頑張った試合ばかりでした。

チームで意見がぶつかることも多々ありました。練習でも試合でもたくさん言い合いをして・・・本当に激しかったです・・・(笑)でも今思うと皆本気でやっているからこそ本気でぶつかることもできたと思いますし、そんな仲間を持てたことを嬉しく思います。

 

伊藤選手みたいになりたい

 

中学3年生の頃伊藤 香菜子さん(2001年-日本女子代表選手)が練習に来てくださったのことを今でも鮮明に覚えています。なでしこジャパンを初めて肌で感じた瞬間でした。一つ一つのプレーの技術の高さや正確性、コンタクトの強さ、スピードそして人間性・・・プロでした。伊藤選手みたいになりたい!そう強く思いました。当時15歳だった私がずっと憧れていた伊藤選手と同じピッチに立ったのはそれから8年後の2018シーズンなでしこ2部リーグ開幕戦でした。感動して試合前なのに涙が出そうになりました。(笑)

 

SFC卒業

中学3年間が終了したときに高校サッカーへの道に進むことを決めました。私が進んだ高校は全国大会の出場経験もある高校で周りはなでしこリーグの下部組織で過ごしてきた選手やジュニアユース時代に全国大会に出場したことのある選手・県選抜や関東選抜選出経験もある選手ばかでした。わくわくしました。ここでサッカーをしたいと思いました。

そしてここで結果を出すことで一人でも多くの人に「杉並フットボールクラブ(SFC)」の名前を知ってほしいと思いました。お世話になったクラブに何か返していきたいという気持ちになり、杉並フットボールクラブの名前が出場する大会冊子の私の前所属チームとして冊子に載った時は嬉しかったです

高校でレベルの高い選手に囲まれながらもフィジカルトレーニングついていくことができたのはSFC伝家の宝刀“クロカン”“ゴール&ゴール”のおかげかもしれません。(笑)皆で声を掛け合ってつらい練習乗り越える習慣と根性はSFCの日々の練習で身についたと思います。

  

あの時友人が声をかけてくれなかったら?SFCに入っていなかったら?あのコーチ、仲間と出会っていなかったら?少しでも違う選択をしていたら全然違う今になっていたと思います。

私は今でもサッカーが大好きです。サッカーのおかげでたくさんの人と出会い、たくさんのことを学びました。人生が楽しくなりました。

そりゃ楽しいことばかりではないし、同じことをずっと続けることが正しいとも思っていません。サッカーに限った話しではなく人生を楽しくするために「なれる自分」ではなくて「なりたい自分」を見つけたらいいと思います。

将来の夢がまだない人はこれから見つけたらいいんです。一生懸命やっていたらきっと見つかります。

 

現在の夢

私は2019年10月トレーニング中に前十字靭帯を断裂し手術をしました。松葉杖での生活は決して楽ではなく、家族や友人、チームメイトにたくさん助けてもらいました。

それだけ大変な思いをしたのに怪我をしてサッカーをもっと好きになりました。走れること、ボールを蹴れることは当たり前ではない分かってサッカーができる有難みを感じました。

誰だって上手くいかない時はあります。上手くいかない時、他人と比べがちですが、自分と他人を比べても解決しません。指導者も他人と比べないでその選手と向き合ってほしいと思います

他人は他人自分は自分です。そんな時、「自分はだめだ」と思うのではなく、「なりたい自分」を思い出せばいいんです。

周りに感謝の気持ちを持ちながら「なりたい自分」に期待してとことんやってみたらいいと思います。

私の次の夢はフットサル日本代表になってスペイン(フットサル王国)に勝つこと、そして試合を見に来てくれた人に楽しんでもらうことです。新しいに向かって今シーズンも楽しみながら、コツコツ頑張っていきます。

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